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zoom RSS 江 姫たちの戦国 (9)

<<   作成日時 : 2011/03/06 21:20   >>

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今回は羽柴秀吉と柴田勝家の決戦である賤ヶ岳の戦いに至るまで、でした。
前回の終わりに、すっかり江ちゃんたち三姉妹とすっかり打ち解けて、いきなり刺繍をしてみせるなど驚きの始まり方です。
何を根拠にこんなエピソードを作ったのか、それとも創作なのかはわかりませんが、ま、親子の描写としてはこんなのもいいんじゃないですか?
というわけで、サル殿との戦いを先延ばしにしてしまう勝家ではありますが、実際には夏の間は攻撃する理由もなく、冬を迎えようとする時期から出陣の用意をしたところで、すぐに越前に引き上げる必要が生じてしまうので、出撃したくとも難しかったと思います。
代わりに、ドラマの中では「文を書くッ!」とか勝家は言っていましたが、中国地方の毛利や四国の長宗我部、紀伊の雑賀一党らと手を結ぼうとし、実際に秀吉の出陣している間に雑賀一党は北上しています。
ドラマでは、家康に様子見されて、ありゃ!?って感じでしたが。

雪が本格的になった冬、12月になって勝家さんはまったくうごけませんが、その間に秀吉はまず長浜城を攻撃し、取り戻します。
ドラマでは、城主の名前をスルーしていましたが、甥の勝豊でした。
このドラマでは、60過ぎてから家族というものを持って一時の幸せを強調するためか、柴田勝家がまるで天涯孤独であったような描写なので、まったく存在が無視されたかわいそうな勝豊くんです。
そのうえ、勝豊は城を包囲された討ち死にしたのではなく、数日で降伏したため、裏切り者扱いまでされています。
朝倉氏の滅亡でもあったとおり、長浜は越前からたいした距離ではありませんが、大雪で後詰は期待できず、勝豊は降伏するしかなかったと思われます。
このとき、勝豊くんを降伏させたのが、大谷吉継です。

さらに、サル殿は、ドラマではスルーされていましたが同月岐阜にいた織田信孝も降伏させ、翌月には伊勢にいた柴田側についたものを追い込んでいきます。
柴田側についたものって、滝川一益って名前があるちゅうに!
負け続けてるとはいえ、関東管領をしたほどの武将なのですが。
なお、このときの戦いの一部、亀山城攻防戦が「功名が辻」に出てきました。武田鉄矢が討ち死にした戦いです。
このときドラマでは、勝家は「ともに立てばサルを挟み撃ちにできたものを」と言ってますが、戦を引き起こして内線の利を有効に活用してサル殿が各個攻撃していったと思います。

冬を越し、サル殿をうつべく2月末に先鋒を、3月初めに柴田勝家は出撃していきます。
そういえば、賤ヶ岳って地図にありましたが、まるで次回の予告みたいな見せ方でしたが、賤ヶ岳に陣を構えたかったのではなく、秀吉が構築していた陣のため、ここまでしか進出できなかったのではないかと思いますが。
そして、伊勢から戻ってきた羽柴軍とにらみ合いになります。
そういえば、前田利家ってこの時点から重要キャラのはずなのに、全然出てきませんなぁ。

さて、今回三姉妹は勝家に「戦はいや」と何度となく言っていますが、このあたり現代的なドラマと言われてしまうのでしょうね。
大河もドラマだし、それは仕方がない点だと思うのですが、負けるのが前提みたいな言い方が少し気になりました。
雪に閉じ込められていて、秀吉と違ってタイミングよく兵を動かせないのは確かですが、負けが決まっていたわけではないと思いますが。
茶々と初にとっては、トラウマってことでしょうか?

次回、賤ヶ岳の戦い、および北ノ庄落城ですね。

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