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zoom RSS ザ・パシフィック (5)

<<   作成日時 : 2010/08/16 00:36   >>

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海兵隊史上、もっとも無駄な戦いの一つであるペリリュー島攻防戦です。
ペリリュー島があるのは、フィリピン諸島から東へ約800キロ離れたパラオ諸島です。
ドラマが始まったのは1944年6月。
このころ、マリアナ沖海戦があり連合艦隊は壊滅的打撃を受け、アメリカ海兵隊にサイパン上陸を許していました。
もちろんサイパンでは玉砕があり、続く7、8月にグアムも失陥。
つまり、マリアナ諸島はアメリカ軍に奪われていました。
一方、マッカーサー率いるアメリカ陸軍も順調にニューギニア諸島を奪還し、フィリピン諸島へ向かい始めていました。
海軍のニミッツも、マリアナ諸島を奪還したことで、次にフィリピンを向かうことにしました。さすがに北上して小笠原諸島を狙うのは危険すぎると判断していました。
で、マリアナ諸島からフィリピン諸島へ向かうその線上にあったのがパラオ諸島だったのです。
ニミッツはこのパラオ諸島がフィリピン攻略にとって障害となると考えていました。
しかし、パラオ諸島は先立つこと1944年3月にアメリカ軍の空襲で、連合艦隊は撤退した後で、日本陸軍の守備部隊が残されていただけだったのです。
ニミッツの部下のハルゼー提督がこのことから攻略する価値もないとして迂回を進言したのですが、ニミッツはその進言を却下し、攻略が決定したのです。

さて、一方、日本軍はマリアナ海戦前に送り込んだ第十四歩兵師団がパラオ諸島を守備していました。
とくに、ペリリューから民間人をパラオ本島へ疎開させた後、ペリリュー守備隊は陸軍第二連隊を中心に6,822名、海軍3,646名の合計10,468名から構成していました。
この頃、日本陸軍はサイパン、グアムでの教訓から、水際防御にこだわらず、築城を重視するようになっていました。
とはいえ、「硫黄島からの手紙」で栗林少将が苦しんだように、このことをペリリューでも全員に理解があったわけではないようです。

ドラマの後半は、ペリリュー島上陸作戦です。
1944年9月15日0800時のことです。
実際には、上陸戦に先立つこと1944年9月6日から艦砲射撃を開始していました。
ドラマでは天まで昇る砲撃と爆撃の煙が登っていましたが、これも実際の写真が残っていて、同じような感じです。
アメリカ海兵隊が上陸したのは、ペリリュー島の南西部の海岸です。
レッキーやユージーンたちが上陸したのはオレンジビーチ、特にオレンジ1, 2, 3と分けられていたオレンジ2です。
ドラマの途中、第7連隊のはぐれものがいましたが、彼の向かうべき海岸はオレンジ2より南のオレンジ3です。
対する日本軍は飛行場の南側を守る第三大隊でした。7,5センチ野砲1門、47mmと37mm速射砲が各1門、高射機関砲1門でした、
これらを読んでいた上陸地点の側面から狙撃できるように洞窟陣地を構築し、そこへ隠していました。
ペリリューの珊瑚は硬く、コンクリが不足しても有効な防御陣地を構築できたようです。
なので、艦砲射撃や爆撃は効果がなかったと言われています。
ドラマでは空を飛行機が飛んでいましたが、すべてアメリカ海軍のもので、すでに制空権がないので日本機が飛んでいることはありません。

一方のアメリカ海兵隊は水陸両用の戦車であるLVT2アムタンクやM4シャーマン戦車をほとんど用意できず、ドラマで出て来たシャーマンは用意できた30両のうちの1両です。
明らかに装甲車両の準備不足だったのです。
ユージーンたちはLVT1アムトラックに乗って上陸しました。
そこへ側面から日本軍の速射砲の狙撃や野砲の砲撃が行われました。
ユージーンたちが受けていた砲撃はその砲撃です。
爆撃でも生き残った日本軍陣地からは銃撃を受けます。
突撃では火力不足の三八式歩兵銃も防御陣地からの狙撃となれば、効果が違ってくると思われます。
上陸後のユージーンたちの前に、戦車1両とそれに乗ったりした支援歩兵が反撃に出て来ました。
これはおそらく9月15日夕方に行われた第二連隊主力の反撃を表現していると思われます。
このとき、出て来た戦車は九五式軽戦車です。
M4シャーマンなんて呼ばなくても、バズーカ一つで十分撃破できるはずなのですが、装甲火力の支援もなく、重火器もない歩兵と迫撃砲部隊ではパニックになるのでしょうね。

ドラマでは出て来ませんでしたが、オレンジビーチの北側はホワイトビーチです。
ここを上陸した海兵隊はもっと悲惨な目に遭っていました。
ここを守る日本軍の部隊、第二大隊はもっと火力を維持し、第三大隊の倍以上の砲火力がありました。
これがオレンジビーチ同様に海兵隊の側面から狙撃を行い、砲撃の結果、第一波の1000人ほどの海兵隊をほぼ全滅させました。
海兵隊の歩兵戦力は約12,000ほどあり、続く第二波以降を上陸させ、近接戦闘を繰り広げました。
しかし、先へ進めることはできませんでした。

まだドラマは一日目の夜になったところです。
海兵第1師団長はプレリューは三日で落ちると豪語したそうですが、ユージーンたち海兵隊の苦闘は始まったところなのです。

ところで、ユージーンが持っていたのはM1カービン。
本来は将校、下士官用ですが、後方支援部隊としての迫撃砲部隊にも配備されていたのでしょう。
迫撃砲部隊のユージーンが持っているのは的外れな武器ではないのかもしれません。
実際、M1カービンは近接戦闘では有効ですし。

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