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zoom RSS 八重の桜 (29)

<<   作成日時 : 2013/07/21 21:36   >>

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もう会津戦争も終盤。
冬まで時間を稼ぐつもりであった会津藩首脳陣。ちなみにドラマ中は太陽暦にしたら10月なのでその作戦も有りなのかもしれませんが、新政府軍側の補給は潤沢で、その作戦をとても実施できるとは思えません。
そもそも、会津藩はもともと備蓄が足りない上に食糧や弾薬を籠城に備えて移動させていなかったミスを犯しています。
しかも、早く城内に移動させるべしと上奏してきた下級藩士の意見を却下する始末。
そのツケが今まわってきています。
今回の時点では包囲網は完成しており、弾薬はおろか食糧調達もままならない状況でした。
昨晩のタイムスクープハンターでもありましたし、今回の権七父っつまが食糧調達に城外へ出ておりました。
これも首脳部の無策が原因ですね。
会津戦争を太平洋戦争の日本軍と重ねてみる人も多いかと思いますが、この首脳部の無能ぷりも似ていると思いたいですね。

ドラマ中では米沢藩のすすめもあって降伏へと傾きます。
米沢藩もたいがいにしろよってな藩で、新政府軍にもそう思われていた藩です。
史実の方ではすすめもあったので米沢藩へ降伏の斡旋を依頼しました。
しかし、米沢藩は仲介を最初は拒否。
さらに、ドラマでは秋月悌次郎一人で進めていた降伏の使者をふん縛って土佐藩へ連行したそうです。
とにかく、土佐藩との降伏交渉は成立しました。
史実の方では前回放送の後半あたりから降伏交渉を始めていたそうです。そして旧暦9月15日に容保公が家臣に降伏を宣言し、9月20日にドラマにあったような秋月さんらが城外へ脱出して降伏交渉し、決まりました。
なお、よく会津藩と長州藩は犬猿の仲といいますが、長州藩兵は北越戦争で遅れて、会津戦争には間に合わず、なんら関与できなかったそうです。

さて、前回最後に砲弾に負傷した山川登勢さん。
山川家では重傷で助からないときは本人に代わりとどめを刺すことを約束し合っていたそうです。
しかし、痛みに苦しむ登勢さんがとどめを必死に訴えるのですが、その傷のひどさに義母の艶さんは動転してしまい、登勢さんを楽にしてあげることができなかったそうです。
ドラマでもありましたとおり夫の大蔵は間に合わず、モルヒネもない時代なので苦しみ抜いた上でなくなったそうです。
と、大蔵の妹で後の大山巌の妻になる山川捨松(当時は咲)はアメリカの雑誌に投稿しています。
なお、当時の年齢は8歳です。

結局、会津藩は新政府に降伏しました。
侍のつもりでいる八重ちゃんは尚之助様と一緒に猪苗代で謹慎するつもりでした。
史実の方でも行きかけたそうですが、民謡を聴いた八重さんが昔話を持ち出した時に尚之助様は八重ちゃんを妻として苦難に巻き込むことができないと決断したのでしょうね。
たぶん、八重ちゃんも尚之助様もこれで二度と会えなくなるとは思っていなかったのかもしれませんが。
夫婦というより、同士または恋人だった八重ちゃんと尚之助様だと思いますが、ここは尚之助様は夫になったのかもしれません。

さて、次回から戦後ですね。

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