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zoom RSS 八重の桜 (2)

<<   作成日時 : 2013/01/13 23:33   >>

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今回は歴史的には前回の二回目のペリー来航から日本を去るまでを描いていました。
この顛末は「風雲児たち幕末編」の4巻から7巻あたりを読んでください。
というか、このマンガ以上に手っ取り早くこの知ることができないと思います。
大河ドラマはそのあたりに詳細まではふれず、簡単にまとめていました。
佐久間象山が西郷吉之助相手に下田に港を開くのを反対して横浜開港を主張していました。実際には、吉之助さではなくて、下田開港反対をかなり運動していたようです。
あのシーンは吉之助さを出したいがためのシーンって感じでしたが、結局はそのときには幕府に受け入れられずに終わりました。
現在下田ではなく横浜が大きな港になっているように象山の先見の明があったのですが、早すぎる天才だったためか、変人であったためか受け入れられずに終わったのです。
ドラマでは山本覚馬が黒船に乗り込もうとしておりましたが、それより先に吉田松陰こと吉田寅次郎が密航を企てて失敗しました。
実際には金子重之輔という下級藩士と一緒に密航しようとして黒船に乗り込んだのですが、ペリーに断られ、仕方なく帰ってきたそうです。
このときの寅次郎の渡航嘆願書はアメリカに残っているそうです。これは「風雲児たち」の受け売りです。
結局、ドラマ通りそれぞれ国元へ送還され、蟄居生活になりました。
象山はいずれ許されることになるのですが、寅次郎は有名な松下村塾を開くことになるのです。
なお、象山は身分の高い武士かつ囚人なので網駕籠です。
一方、寅次郎は浪人身分なので網駕籠ではなく唐丸駕籠という隙間だらけの駕籠で護送されました。そしてさらに身分の低い金子君は防寒用の着物すら与えられず、国元の長州藩に到着後まもなく亡くなったそうです。
そして、日米和親条約が結ばれてペリーは去って行きます。

山本覚馬さん周囲も変わっていき、会津に帰国することになりました。
すっかり大きくなっていた山本八重ちゃんと再会です。
父親の権八さんに砲術を習うことを禁止させられた八重ちゃんですが、とくに教えられなくとも耳で聞いて紙に書いて、すっかり砲術を覚えていました。
史実としても耳学問で覚えたようです。
その幼い八重ちゃんに銃の危なさを教える権八父さんは教える時に体感でもって教えました。
銃の重さ、撃たれた獣は銃で死ぬと言うこと、こういう体感で教えるというのは重要なのでしょうね。
もっとも、その八重ちゃんは言うことを聞かず、砲術を覚えちゃったのですが。
結局権八父さんの許しを得て、覚馬さんに教えてもらうことになった八重ちゃん。
火縄銃を構える姿もすでに堂に入っています。
重さが4,5キロはする火縄銃をきちんと構えていました。
実際の火縄銃の重さは銃の口径によって変わるそうで、3キロ台から5キロくらいまで幅があるようです。
平均的な重さでは4キロ台のようです。
また、八重を演じる綾瀬はるかさんも撮影用レプリカもけっこう重さがあるでしょうにけっこうきちんと構えていました。

さて、次回は八重より覚馬さんの周囲でいろいろとありそうです。

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八重の桜 第2回「やむにやまれぬ心」
前回から引き続き子役の八重役で登場している鈴木梨央さんがいい味を出しています。鉄砲を学びたいという強い思いに対して、父である権八も見事な説得を行います。 それは、鉄砲を夢見るのは構わないがそれ自身が殺生の道具であり、生半可な気持ちで考えてはならないということ。すごく良いことをいいます。実際に狩りに参加させその無残な殺生は、時に人に向けられてしまうということも。 それでも、最後の最後は八重の兄である覚馬の助言もあり、鉄砲を学ぶことを許されることになります。いつの時代も異端児には冷たいのは世の常。こ... ...続きを見る
あしたまにあーな
2013/01/14 21:58

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