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zoom RSS 平清盛 (48)

<<   作成日時 : 2012/12/09 22:27   >>

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富士川の戦いで戦わずして逃げ帰った平家軍。
率いていた維盛に当たり散らした平清盛。
ですが、伊藤忠清に「もはや平家は武門にあらず」と言われた上に、宋剣まで振り上げられなかった清盛。
へこむ清盛に、追い打ちをかけるように高倉上皇がまたも病にかかります。
息子の平家棟梁、平宗盛に諫められ、ついに福原京から平安京へ戻ることを決意します。
こうして舞台は再び平安京へ戻りました。

なお、高倉上皇の后はドラマでは建礼門院徳子だけのような描き方でしたが、しかし他にも后はいて、安徳天皇の次の天皇、あの後鳥羽天皇はこの頃生まれた高倉上皇の息子にあたります。
ドラマではつかず離れずといった感じのある高倉天皇は自らの血統を守るために平家と積極的な連携をしていたと言われています。

平安京に戻った清盛は息子の平知盛、平重衡に追討を命じます。
知盛は近江方面、重衡は坊主たちを何とかするために京および南都方面へ出陣します。
ドラマでは出てきませんでしたが、前回散々な目に遭った資盛が伊賀方面から近江へ進撃しました。
前面の近江源氏に、後背の延暦寺たちの坊主達に挟まれ、知盛も最初は苦戦します。
しかし、これまた前回は散々な目にあった平維盛の援軍を得て、敵の撃破に成功します。
近江を平定した後、逃げた近江源氏の残存勢力を追って美濃方面に知盛と維盛・資盛兄弟が進出し、源氏勢の鎮圧を目指すことになります。
一方、平重衡は木津川で合戦後、南下して南都に攻め込みます。
河内方面からも平家軍は南都に攻め込んでおりますが、ドラマ通り戦闘中の出火で南都の寺や大仏は焼け落ちてしまいます。
ドラマでは、純粋無垢な感じの重衡が、やったことに対する疑問を抱くことなく清盛に報告しておりました。
天に唾する行為というよりもその政治的な重大さを感じない重衡を清盛は怒ってキックするのかと思い気や、「よくやった、重衡」と。
清盛は平家の運命を受け入れ、あきらめたのでしょうか?
あきらめたのかも、と思ってしまいます。
なお、重衡による南都の焼き討ちですが、結果を見れば重大なことではありますが、当時の戦術としてはあまり間違ったことではありません。
保元の乱では源義朝が崇徳院や藤原頼長たちのいる館に火を放ちました。
敵に混乱を与え、いぶり出すためにも必要な戦術と言えるでしょう。
ですので、重衡の笑顔は嘘偽りのないものだったと思います。

東国の源頼朝は武士の世がどのようなものか試行錯誤中でした。
弁慶から話を聞いて、自ら進むべき道を理解する頼朝でしたが、その前に従う武士の所領安堵を行います。
ドラマでは口頭で行っていましたが、実際には下文という文書を渡しています。
今みたいな法律や裁判所なんてない当時、権威による保証しかありません。
権威が力を持っていれば他の者に横取りされたりしません。
つまり、権威による保証が自分の土地を守ってくれるのです。
その権威が何かですが、今までは王家、朝廷でした。
平家は結局のところ朝廷という権威の下での保証でした。
王家、朝廷が力を持っていれば良かったのですが武力をその外部に持つため、この時期にすでに力を持っていないことはドラマを見てきての通りであり、平家はその武力を担うことで武士の世を実現しようとしていたのです。
一方、頼朝はこれまでの権威に頼らず、武士である自分が自ら権威になり、武士達の保証をしようとしたのです。
それが、「おれが安堵する」なのです。
頼朝は武士達による武士達の保証体系を作ろうとしていたのです。
と、ま、本郷先生の本の受け売りを書いてみました。
詳しくはこちらの一章、二章を読んでください。


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さて、次回、最終回の一歩手前。
どういう展開になるのでしょう。
楽しみです。

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平清盛 第48回「幻の都」
このドラマも残すところあと3回となりました。平家のその後も表現するということだったので、3回を残して清盛の時代から頼朝・義朝と知盛の戦の場面なのではないか見ていたのですが、清盛はまだまだ元気で第一線で指示出しまでしています。こうなってしまうと棟梁とは名ばかりで、重盛に続いて宗盛もそんな境遇を感じていました。 その中で、強引な福原への遷都が様々な災いをもたらしていると人々は感じるようになります。今まで以上に悪いことを神仏の思いに結びつけやすい状況の中で、清盛への圧力は相当なものであったことでしょう... ...続きを見る
あしたまにあーな
2012/12/11 18:12
平清盛 #48
#「幻の都」 清盛は福原を武士の都とすべきだったのか、それとも日の下の都とすべきだったのか? ...続きを見る
義風捫虱堂
2012/12/11 19:37

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