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zoom RSS 平清盛 (44)

<<   作成日時 : 2012/11/11 22:19   >>

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前回、命をかけて平清盛のクーデターを止めた平重盛。
しかし、すでに病んで衰弱した重盛はそのまま死の床へ。
その頃、重盛の妹で藤原摂関家に嫁いでいた盛子もなくなります。
予想とは異なり、後白河院がその所領を没収してしまいます。自分のものにしてしまいます。
さらに、重盛が亡くなり、その所領も没収。
そこまでやられて、激怒した清盛は前回は重盛くんの必死の制止に我慢した武力クーデターを実行してしまいます。
後白河院を幽閉し、藤原摂関家の氏長者である基房を九州の太宰府に左遷します。
さらに反平家の貴族を解官、つまり追放します。
解官されると貴族達にとって生きるすべを失うようなものです。
反平家の貴族たちから取り上げた知行国は親平家や中立の貴族達に分け与えられました。
これを治承三年の政変と言います。
こうして、本格的な平家政権が樹立しました。
専門家の方達も厳密な意味で平家政権の成立と考えているようです。

それにしても、ドラマでは実に静かな、熱狂を感じない頂点への到達でした。
これは、重盛の死など多くの犠牲を払った上だから?先駆者だから?先への不安がすでに感じられているから?
実に興味深いシーンでした。

重盛亡き後、平家棟梁は宗盛が継ぎます。
これは清盛の正妻の時子が存命でも有り、地位的にも問題がないのが宗盛だからです。
ドラマでは正妻の子のようである重盛の息子の平維盛はいまだ地位が低く、史実では正妻経子の子ではなく、また時子の息子ではない重盛は、清盛の最初の正妻明子の子ではあっても明子はすでになくなっており、しかも実家の地位が低いため、やはり棟梁とはなれないのです。
これを「母太郎」と呼び、現在の正妻の長男を優先することを指します。
ドラマでは出てきていませんが、宗盛には正妻の子清宗がいるため、維盛が長じてもやはり棟梁には慣れないでしょう。
ドラマでは死の間際に重盛が子供達に叔父達の言うことを聞け、と言い残しましたがこれは棟梁が宗盛が継ぐことを重盛が分かっていた上での遺言かもしれません。

その重盛も「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」とまで言った相手、後白河院に人生の最後の最後で手のひらを返すような言葉をぶつけられ、ほんとに気の毒です。
「とく死にばや」とつぶやくのもうなずけます。

さて、次回から反平家の動きが一気に活発になりそうです。

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