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zoom RSS 平清盛 (35)

<<   作成日時 : 2012/09/09 21:58   >>

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今回は主に平清盛と弟の頼盛の回。
いきなり平頼盛が官位が低いと言っていましたが、実際にはそんなことはありません。ま、確かに参議ではありませんでしたが。
さて、病気が治ったと思ったら出家してしまった清盛くん。法名は浄海。それではややこしくなるので清盛のままで通していますね。
ドラマ通り一緒に出家してしまったのが時子。これで二位尼と呼ばれるようになります。
清盛くんは福原へ引っ越していきます。時子は西八条の別邸に残ります。
なお、清盛が福原から上京してきた際には必ず西八条の屋敷に立ち寄ったそうです。
こうして、平重盛が平家の氏長者になりました。つまり当主、公的代表者が重盛になったわけです。
そして六波羅の邸宅もそっくり譲り受けました。

福原に引っ越すことが決まった後、後白河上皇は気が合わなかった息子の子供、つまり孫の六条帝を退位させて、滋子との間にできた愛息を高倉帝として即位させました。
後に、清盛の娘徳子が嫁ぎます。
これは後白河上皇が清盛の後ろ盾を失うのを恐れたからみたいですが、ドラマでは後白河上皇が恐れるのではなく、キャスティングボートを握るのは自分だとばかりに、または自らを鼓舞するかのごとく即位させていました。
それでも、清盛くんの福原引っ越しの意志は変わりませんでした。

そんななか、平頼盛に、六条院や藤原摂関家が取り込みを図ります。
もっとも頼盛の妻は八条院関係者らしいので、史実の方ではもっと前から関係していたと思います。
ただ、ドラマを見ていて頼盛は意図的に関わっていったのか、流れに巻き込まれていったのかが少し分かりませんでした。
そこが事前に分かっていれば、清盛と頼盛の兄弟シーンはもっと印象的になったような気がします。
高倉帝が即位して滋子への奉仕が足りなくて、解官されました。
もともと滋子とは一門であっても疎遠だったそうです。
しかし、皇太后になった滋子への奉仕が足りないことで後白河上皇の怒りを買い、解官されたわけです。このとき、頼盛本人だけではなく家人も解官されており、頼盛一族には大打撃だったようです。
ですが、六条院と関係を持ったことで、六条院と関係を維持したい清盛くんにとっても重要であり、頼盛の将来に影響していくことになります。

最後に、遮那王、後の源義経が神木隆之介くんで登場。この頃の遮那王って「義経」で演じていたのではないの?

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平清盛 第35回「わが都、福原」
今回、とうとう清盛の目指す武士の世の中について明らかになります。これまでのらりくらりとしてなかなか明かさなかったのは、考えがまとまらなかったからなのか、単にタイミングを待っていたのか。いずれにせよ、今回は見逃すことのできない内容となりました。 それは、福原に博多のような大きな港をもつ街にして、ここを都と定める。それは平家の都であり、朝廷の枠組みを超え平家一門の力で、貿易で得た富で国を豊かにする政治をおこない、そして武士の世をつくるとのこと。一門でのみ繁栄を築くという辺りはまだまだ時代が追いついて... ...続きを見る
あしたまにあーな
2012/09/09 23:25

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