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zoom RSS 平清盛 (28)

<<   作成日時 : 2012/07/15 21:27   >>

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今回は平治の乱の後片付けの回でした。
しかし、源義朝の死、源頼朝の流罪、常磐・牛若親子と、ま、一気に片付けましたね。
さて、平治の乱で決戦を前にして離脱してしまった藤原信頼は、ドラマ通り後白河上皇を頼って降伏しますが、清盛の六条河原で斬首です。
ドラマでも言っていましたが、貴族の死罪自体が薬子の乱以来だそうで、

義朝はドラマでは庭で自害でしたが、伝承では風呂場で討たれそのとき「木太刀一本あれば」と叫んだそうです。鎌田正清も酒で飲まされ殺害されたそうです。そのため、最後に出てきた清盛紀行で出てきた大御堂寺では木太刀をお供えする人が多いのです。
「義経」のときはそうだったような記憶があります。
Wikipediaによると「愚管抄」の記述では義朝は陰謀を察知して自害したそうです。とすると、ドラマの展開もありだったようですね。
でも、このドラマとしては、義朝・正清主従が、野ザルとなってまで辛苦をともにしてきたり、保元の乱に直前に帰ってきたことを思い出すと、互いに刺し貫いての自害というのはよかったと思います。

史実通り、頼朝は伊豆への流罪で済みました。
これは、ドラマでは結局、父親に代わって武士の世とは何かを見ていろって解釈をしました。
なんだか、甘いような気もしますが、決闘した河原で吐き出したかったことを息子に吐き出しことといい、落としどころとしては良かったと思います。
少なくとも池禅尼に言われたからにしなかったのは評価しています。
歴史研究の方としては、諸説があるようです。
今回出てきませんでしたが、後白河上皇の実姉・上西門院統子に頼朝が使えていたため、その筋から関係のある池禅尼に依頼があったとか、藤原信頼こそ処刑されましたが藤原成親が軽い処罰で済んだことから全体的に処罰が軽くその線で軽く済んだ、とかあるようです。

これで武士・平清盛から政治家・平清盛に変わっていくそうです。
さて、次回は久しぶりに登場の滋子の回みたいです。

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