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zoom RSS 平清盛 (23)

<<   作成日時 : 2012/06/10 22:03   >>

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保元の乱の顛末も今日で終わり。
前回は斬首の命で終わりましたが、今回はそこから始まります。
しかし、今回はそれだけの回でしたが実に重い回でした。
でも、中途半端な軽さがなかったのでほんとによかったです。
ここ数回、ほんとに大河ドラマを見たって感じが伝わってきて、最高でした。
それにしても平忠正も源為義もいい役者さんが演じると、ほんとに落ち着いてみることができます。

さて、保元の乱が終わったのは7月11日のことでした。
そして、数日後には忠正叔父さんが投降し、為義さんも16日に投降しました。
7月27日、斬首の命がくだります。ここまでが前回。
そして、史実では翌日7月28日には、まず清盛が忠正叔父さんとその息子たちを斬首しました。
場所は六波羅近辺でした。
つまり、平氏一族が居を構えた近くになります。
義朝も翌々日の30日に父為義と弟たちを斬首しました。
場所は紀行でも言っていた船岡山でした。
ドラマでは同時に行っていたようにしましたが史実の方では間があったようです。
また、当時の資料では義朝が斬首したことになっていますが、一方戦記物である保元物語では鎌田正清が殺害したことになっています。
ドラマはこのふたつをうまくアレンジしてこのエピを作ったのか、良かったです。
もっとも良かったと感じる前に泣けるところでしたが。

戦国時代なんか、親子、兄弟の骨肉の争いなんて普通にありますが、まだこの頃は父親の権威が強かったようです。
廃嫡の問題もあり不仲とはいえ、実際に父親を斬首するのは義朝にしてみたらかなりつらかったのではないでしょうか?
そのため、義朝は戦後に親殺しの誹りを受けたそうです。
一方、これで義朝の権威を確立できるので喜んで処刑したという話もあるようです。
どちらにしても義朝にしろ清盛にしろ、朝廷からの命令ですから逃れることはできなかったと思います。

ドラマを見ていて気がついたのですが、まだ斬首される時に白装束じゃないんですね。
放送後に、時代考証担当の本郷先生が死に装束はないと、Twitterでつぶやいておられました。
他にも、処刑が河原でない上に、斬首して落ちた首が落ちる穴が掘られてない(例、「新選組!」で近藤勇の処刑シーン)とか、今まで時代劇で見てきたものがありませんでした。
白装束はいつ頃からなのでしょうか?
江戸時代にはあったと思いますが。
色々とへぇ、と思うところがあり、ちょっと変わったところが楽しめました。

ちなみに源ガンダム為朝は、そのころ逃走中です。
つか、捕まるシーン出てくるのか?
なんだか、頼朝ナレーションの一言で片付けられそう。

次回、信西の朝廷改革が始まります。
次の山場の平治の乱へ向けて加速しますか。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
平清盛 第23回「叔父を斬る」
前回から引き続き、保元の乱の戦後処理についてで、内容的には前回で既に分かっていたとおりになりました。大切なのはその「瞬間」をどのように演出していくのかということに注目していました。 まず始まりは、忠正と為義両方がどのように過ごしていたかですが、どちらも自分が今後どのような沙汰を受けるかが分かっていたようで、まったりとぼーっと過ごしていたように思えます。事実として清盛や義朝に事実を言われたり、言動で示された時にも平然と受け止め、自分がそれぞれの一門を反映させるために、必要な死だと明言しています。こ... ...続きを見る
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『平清盛』 第23話「叔父を斬る」
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