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zoom RSS 平清盛 (15)

<<   作成日時 : 2012/04/15 22:06   >>

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前回、落馬してしまった家盛くんは事故死。
遺体が屋敷に戻ってくると、宗子おかんはついに爆発。
しかも乳父(うふ?)の平維綱がいきなり髻を切ってしまうし。
お約束で清盛は忠正おじさんに罵られ、投げ飛ばされるし。
当時の感覚では、神輿に矢を射かけたら神罰が下ると思うのは当然と思うので、忠正おじさんを責められないですが。
平維綱は実際、家盛の死後京から駆けつけ、その場で髪を切って出家したそうです。

ですが、覚えめでたい鳥羽院と忠盛親父のありがたい計らいで清盛は高野山根本大塔の再建を行うことになりました。
私も根本大塔は見たことがありますがなかなかものです。
ただ、残念ながら今の根本大塔は20世紀の再建なので、当時の根本大塔はどんな感じだったのでしょうか?
今回、根本大塔を再建する途中で、清盛が頭の血を絵の具に混ぜて書いた血曼荼羅は平家物語で登場すると、清盛紀行で言っていましたが、実際に現存するそうです。
しかし、戦国時代ならすぐにこのネタをこう使うか、とかあるのですが、平安時代はなかなか気がつかないですね。
そう言うところが視聴率低下に繋がっているのでしょうか?
今回は、曼荼羅を完成させる途中で、平家一門は家盛を失った悲しみも乗り越えようとしておりました。
最後の宗子の笑顔でそれができそうです。

なお、根本大塔は忠盛パパの死後もまだ完成せず、しかも建設途中で死者をすほどの事故もあり、完成したのは1156年、つまり清盛が命を受けてから7年も経っていました。

それにしても前回といい今回といい、最後まで目が離せない回でした。
こういうのを待っておりました。
これからもこういう回が続くといいですね。


一方、藤原摂関家では兄弟争いが激化です。
元々男児が生まれない長男の藤原忠通の養子になっていたのが弟の頼長です。
頼長の養子をやめたとセリフで一言でしたが、背景には忠通に男子が誕生していたのです。
男子ができると、先の養子と養父の仲が悪くなるのは歴史上よくあることです。
直近では崇徳上皇が現役時代そうでしたし。
頼長は父の忠実の後ろ盾があるので今のところ有利そうですが、忠通も得子の後ろ盾があり、どちらが有利とはいえません。
父の忠実は鳥羽院との間が険悪です。
こうなるといくところまでいくしかないわけですね。
また、源氏一門も、藤原摂関家に臣従する父の源為義と、鳥羽院の下で働く嫡男の義朝も対立していきます。
政治的な立場の違いが対立を産んでいくのは当然の帰結です。
それが最後、為義の暴挙に繋がっていくわけです。
対立しているからと言っても、そこは親父ですから、義朝が常磐に親孝行を説くのは気持ちの裏返しなんでしょうね。

次回も悲しい回になりそうです。

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平清盛 第15回「嵐の中の一門」
前回から平氏一門はバラバラになっていました。確かに結果論的に言えば清盛が棟梁となってよかったのかもしれませんが、そのまっただ中にいる人々から見てみると本当に任せることができるのか不安だったと思います。清盛に任せると、天罰が下る可能性もありますし、平氏を正しい方向に導いていってくれるのか疑問のなかで、家盛のように生まれもしっかりとしていて、品行方正な若者のほうが安心感があるのも当然の考えといえます。 そんな拮抗した思いがうずまく平家のなかで、不幸が起こります。これまで跡継ぎの有力候補になっていた家... ...続きを見る
あしたまにあーな
2012/04/15 23:19

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