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zoom RSS 坂の上の雲 (13)

<<   作成日時 : 2011/12/25 22:53   >>

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前回、前代未聞と称される東郷ターンで終わったわけですが、今回は日本海海戦のクライマックスです。
この日本海海戦に先立ち、東郷平八郎、秋山真之らは有名な丁字戦法と、もう一つ奇襲隊戦法を考えていたとされています。
奇襲隊戦法とは、駆逐艦や水雷艇が敵艦に肉迫し新開発の連携機雷を敵艦隊の前方から包み込むように設置し敵艦隊の足を止めることを目的としていました。
敵艦隊の足を止めることができれば、後は戦艦で撃ち込むだけになります。
たぶん、これが実施されればこれも画期的な戦法として世に残ったかもしれません。
ところが、天候が「晴朗なれども波高し」なので、駆逐艦隊は出撃できず、実施されなかったのです。
これも秋山真之の発案と言われています。

さて、結局、丁字戦法のみを使うことで戦場に望んだ連合艦隊ですが、実のところ、ドラマでは二百三高地の回で結果だけ出てきた黄海海戦で、机上の空論で使えないものであることはわかっていたそうです。
丁字戦法とは、まっすぐ進む(つまり丁の字の下側から上側へ)敵艦隊の前方を、味方艦隊は真横に押さえて(つまり丁の字の横一文字部分)、先頭艦に砲撃を集中させ、敵艦隊の足を止めつつ後は撃破する作戦です。
しかし、黄海海戦ではまさしく丁の字にならんとしたとき、元々逃走が主目的で戦意のなかったロシア旅順艦隊は反転してしまったのです。
結果、砲撃どころか、一時的に逃げられてしまったのです。
戦う気のない相手に対してはちっとも有効な策ではなかったのです。
この黄海海戦の記憶がまだまだ残るなかで、連合艦隊は日本海海戦に臨んでいたのでした。

ロシア・バルチック艦隊が北上してきて、ついに連合艦隊の眼前に現れました。
やがて相対距離は近づいていきます。
このまま進めば、いわゆる反航戦になります。さらに進めば、すれ違いざまの砲撃戦になりますが、それでは一回のチャンスにかけることになります。加えて、最悪、混戦となります。
となると、丁字戦法を使うか、敵の射程外に逃れて方向を変えて併航戦となるかになります。
しかし、東郷平八郎は、その両方を使わず、彼我距離が8000で、回頭を命じたのです。
いわゆる東郷ターンです。
ここまでが前回。

東郷が回頭を命じたとき、ドラマでも「どちら側でいくさをされるのですか!」と言っていましたが、ほんとは誰にでも聞こえるような独り言だったそうです。
それくらい、艦橋では直前まで方針が決まっていませんでした。丁字戦法が使えないことがわかっていたからです。
そして、8000まで近づいてところで、午後2時2分、奇跡的なタイミングでの回頭です。
ドラマではこちらは射撃できず敵の集中砲火を浴びる危険があるという説明でしたが、ロシア艦の距離8000の命中率は高くないであろうという予想はついていたかもしれません。
それでも戦場では簡単に予想が裏切られるということくらい東郷平八郎もわかっていたとは思います。
その決断力が東郷の素晴らしさだったと思います。
後はドラマ通りの併航戦で砲撃戦が続きます。
約30分後にはほぼ大勢は決していました。
丁字戦法の体形になった、あるいは、なれた時間はわずかに3分だったそうです。

連合艦隊の勝利は、丁字戦法ではなく、下瀬火薬をはじめとする兵器の改良、日英同盟の成果で寄港できずに艦船のメンテができなかったためロシア側の船速が上がらずロシア側が速度で不利だったこと、日々の猛訓練による日本軍の命中率の向上だと思われます。
下瀬火薬は不安定で事故も多く起こしていますが(三笠の沈没など)ロシア艦上を焼き払うのに効果的でしたし、ドラマでも距離を測っていた測距儀は日本は艦橋で測定後に各砲塔へ伝達し利用する一方ロシア軍は使いこなせないままでした。
通常、砲撃戦は敵艦への至近弾、次に敵艦の両舷への交叉弾、そして命中弾を与えて命中精度を高めていきますが、そもそも距離が不正確だと至近弾を与えることすらできません。
命中率の向上もすさまじいものがありました。三笠は射撃開始から二分後には試射で命中弾を、さらに一分後には本射撃で命中弾を与えている一方で、ロシア側は五分後にようやく試射で命中弾を与える程度でした。
海戦の趨勢がほぼ決まった30分後の被弾数は、三笠が30発程度に対し、ロシア旗艦スワロフは100発を越えていたそうです。
ただ、こう見ると連合艦隊の一方的勝利は決まっていたような書き方ですが、訓練などの事前の準備、日英同盟他の外交交渉、対馬という地の利、信濃丸他多数の船を徴用して情報活動に力を入れていたことなどいろいろな要素がうまく重なった上での勝利であったことは間違いないでしょう。
加えて、その時代のエネルギーというか、前向きな精神というか、やる気というか、士気というか、そういうものも影響を与えているのかもしれません。
ドラマでも、ロシア水兵が士官に「こんな船に乗せやがって!」といって迫るシーンがありましたが、一方日本軍は個人ではそういう人もいたかもしれませんが全体としてはそういう気持ちではなかったのかもしれません。
これが司馬さんの描きたかった明治なのかもしれません。
ドラマでは決してセリフではなく人それぞれの態度や動きで、全体の印象としてそういった明治という時代を見たような気がしました。
これは幸せだったと思います。

奉天会戦と日本海海戦の勝利で、ロシア軍に対して優位に立ったところで日本は講和会議を始めることにしました。
ここからは政治の出番です。
ドラマではわずかなシーンで終わりましたが、まだ戦えると主張するロシアに対して日本に金も人も限界でした。
特にロシア陸軍はヨーロッパから極東へ送る余力があり、一方日本陸軍はもう一回会戦を行えるだけの兵力はありませんでした。
そのぎりぎりのところで、奉天会戦で勝利しロシア軍の再構築をさせる時間を作り、講和会議へつなぐことができていたのでした。
結局、ドラマ通り日本はロシアから賠償金をえることができず、なんとか樺太南半分を取得できたことでした。
ドラマでもおきたとおり、日比谷の焼き討ち事件がおきます。
講和会議の結果に不満を感じる民衆による焼き討ちとされていますが、新聞を売るためにあおるメディア、自重を訴えれば売国奴と呼ばれるメディア。
ここから、司馬さんにとって日本は下り坂になっていくと感じるんでしょうね。
そういう意味で、明治は実に楽天的で、未来に希望が持てた時代と思えたのかもしれません。

最後に、参考にした本を紹介します。

海戦からみた日露戦争 (角川oneテーマ21)
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日露戦争の海軍、海戦についてはこの本を参考にしました。

次に、

日露激突 奉天大会戦 (WWセレクション)
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瀬戸 利春

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日露戦争の陸軍、陸戦についてはこちらを参考にしました。
他にもWikipediaや「歴史群像」等を参考にしております。

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坂の上の雲 最終回「日本海海戦」
3年にわたり圧倒的な描写とスケールによって、我々を魅了してきた坂の上の雲もとうとう最終回となってしまいました。原作はあえて読まずに余計な先入観を持たないように映像に集中するようにしてきましたが、それも最後なってしまうのがなんだか寂しく感じます。 前回の終わりから始まった日本海海戦。バルチック艦隊を東郷ターンと呼ばれる丁字戦法で、次々と打ち破っていきます。敵戦艦の前で急ターンするのは知っていたのですが、それによってどのようなメリットがあるのかは事前に「その時歴史が動いた」の第1回放送で予習ができて... ...続きを見る
あしたまにあーな
2011/12/25 23:28

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