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zoom RSS 江 姫たちの戦国 (10)

<<   作成日時 : 2011/03/21 00:43   >>

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今回は賤が岳の戦いから北ノ庄城の落城までですね。
それにしても、賤が岳の戦いがあっさりしすぎです。
なんだか、飛び出してみたもののサル殿の大軍を見て逃げ帰りました、って負け方で、説得力無い描写でしたね。
そこより、北ノ庄での親子の別れの方が重要なんでしょう。
オープニングのクレジットに前田利家の名前がなかったので、半ば予想はしていましたが。
ま、当然か。
ですが、実際の賤が岳の戦いはそう単純なものではありませんでした。

賤が岳の戦いの前半は、前回挙兵した滝川一益(ドラマではスルー)を伊勢に追い込んだ後取って返した羽柴軍と雪山越えて出てきた柴田軍が、ドラマ通りにらみ合いが続いていました。
が、こう着状態だったのもあり今のうちに岐阜の織田信孝を撃破しようと弟の羽柴秀長を残して、兵の一部を岐阜に向かわせるサル殿でした。
それを見たカニ殿の甥っ子の佐久間盛政と(これまたスルー)の柴田勝政の兄弟が秀吉軍を撃破しつつ、進出してきました。
その進出先が戦いの名前にもなった賤が岳と、ドラマで一瞬だけ出てきた大岩山です。
しかも、秀吉側は街道沿いに正面から出てくると思っていたらその裏をかいて険しい山沿いに迂回して秀吉軍を側面から破ります。その迂回路上には勝家に従っていた前田利家が陣取り、逆に危険な状態になったのが秀吉側でした。

その頃、各個撃破すべく岐阜に向かっていたサル殿は運悪く、大雨によって揖斐川を渡れないでいました。
そこへ届いたのが佐久間盛政の攻撃の報告でした。
棚からぼた餅にもかかわらず、これで勝ったと叫んだサル殿は近江へ大返しを行います。
それがドラマで出てきた大返しです。
決して、家康殿の読み通りではありませんww。

ドラマ通り、佐久間盛政は、柴田勝家からは、どついたらすぐに帰ってこい、と厳命されていたにもかかわらず、大岩山に残っていました。
さすがに秀吉の主力が戻ってくるとなるとさっさと退却することにします。
もちろん、敵の退却は敵軍崩壊の呼び水になることは、長篠の戦いを始め過去の歴史を見ても常識です。
さすがに歴戦の武将、盛政・勝政兄弟は奮戦しながら退却を試みますが、さすがに簡単には秀吉軍につけ込ませません。
なぜなら、前田利家の部隊という大きな味方がいるので、秩序を保って後退できるからです。
退却とはいえ、秩序を保っている限りそう簡単には崩壊することはないものです。

ところが、このとき、突然前田利家が退却してしまいます。
このため、盛政・勝政兄弟率いる前衛部隊は、全軍退却と勘違いして、逃げ出し始めてしまいます。
その上、援軍で来た丹羽長秀と羽柴軍の兵数は圧倒的です。
そして、ついにモラル崩壊を起こします。
そのモラル崩壊は柴田勝家本隊へも伝播し、逃げ出していく兵が増えていきます。
三千までになった勝家は観念して、北ノ庄城へ撤退していきます。

3日後、サル殿は北ノ庄城を包囲し、事実上のサルカニ合戦は終わりを告げたのです。
というわけなので、決して奇策を使った訳でも、サル殿が賢かった訳でも、家康殿が予見通りに事が運んだ訳でもありませんでした。

ま、賤が岳の戦いが今回のメインではありませんでしたのでいいんですけど、もう少し説明してほしいよなぁ、と戦国時代の大河は合戦あってなんぼでしょう、と思う私としてそういいたいです。
話の重要じゃないかもしれないけど、ここは前田利家をだすべきでしょう。まったく。

さて、次回は松の丸殿登場ですか。側室ナンバー3ですね、この人。
小牧・長久手の戦いはまだかなぁ。




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