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zoom RSS 坂の上の雲 (9)

<<   作成日時 : 2010/12/31 11:21   >>

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ずいぶんと遅くなりましたが、久々に書きます。
前回の最後、明治31年、西暦1904年2月5日に、長崎県佐世保の連合艦隊司令部に命令書を携えた山下源太郎大佐が到着し、同日17時に命令書開封の電報が届きます。
命令書は開封され、連合艦隊はついにロシア艦隊と戦うべく出港することになりました。
この時点では、連合艦隊は戦艦六隻を含む総トン数23万3千トンに対し、ロシア艦隊は総トン数60万トンと圧倒的に有利ですが、旅順にある太平洋艦隊は戦艦七隻を含む総トン数19万3千トンであり、艦隊を各個撃破できれば望みはあったのです。

連合艦隊の最初の戦いは、朝鮮の仁川にいたロシア艦隊の支隊を撃破することでした。
この最初の戦いは2月9日に行われ、ロシア側は巡洋艦1隻と砲艦1隻で、日本側は戦艦を含んでおりました。
ロシア側は結局、舵に損傷を受けるなど被害を被った後、仁川に逃げ帰り自沈します。
仁川はソウルに近く、後に朝鮮戦争で追い詰められた国連軍がここから上陸し、起死回生の一打を放ったり、現在も韓国軍の重要施設があるなど、現在でもとても重要な場所です。
こうして、連合艦隊は初戦は勝利で飾りましたが、その後の旅順にいる太平洋艦隊への奇襲、一回目の旅順港閉塞作戦とダメダメな作戦が続きます。
これはドラマ通りですね。
しかも、旅順艦隊への奇襲で、ショックを受けたロシア極東総督部は旅順艦隊の司令官を罷免して、名将と誉れの高いマカロフ提督に代えてしまいます。
とはいえ、太平洋戦争で活躍した酸素魚雷もレーダーもあるわけはなく目視だけで奇襲するわけで、しかも当時の戦艦の船速は戦闘時でも時速20キロ強くらいであり、探照灯で見つかれば陸上にある海岸砲の的にされるのは当然であり、なかなかうまくいくわけがありません。
なお、今の護衛艦の速度は倍は出ます。だから大丈夫というわけではないのですが。

その後も旅順にいる太平洋艦隊への襲撃を繰り返しますがうまくいかず、3月27日に2回目の閉塞作戦を実施します。
この作戦でも失敗し、ドラマ通り広瀬中佐が戦死します。
というか、よほどロシア軍が緩んでいるか、天候が悪くない限り失敗するのでは、と思います。
天候が悪ければ見つかりませんが、目測だけなので旅順港で適切な位置に船を自沈させるのが難しくなります。
そこで、4月12〜13日に閉塞作戦ではなく、機雷を旅順港の外に沈める作戦に出ました。
このときは天候が悪く視界不良で、うまくロシア艦隊にみつからず、機雷を敷設できました。
このあたりはチェスを行う感覚なのでしょうか?両軍で読み合いです。
これが大きな結果をもたらすのですが、ドラマでは来年の話ですね。

秋山真之が主人公なのでドラマでは全然出て来ませんでしたが、日本陸軍はどうしていたのでしょう。
昨年放送分のドラマでも出て来ましたが、当時の日本陸軍はドイツからメッケル教官を招聘していただけあり、ドイツ軍の影響下にありました。
遼東半島の広大な平野の中心、遼陽を目標地点にドイツ陸軍の作戦思想でもある分進合撃を作戦の中心に添えていました。
つまり、朝鮮半島側からの進撃と、旅順付近で上陸してその方向からの進撃です。
そのためにも、旅順にいるロシア太平洋艦隊に黙ってもらう必要があったのです。
旅順艦隊が沈黙していない現状では旅順付近に上陸することはできないので、日本陸軍はもう一つの進撃路、朝鮮半島側からまずは始めることにしました。

仁川のロシア艦隊の支隊が撃破されたので、まずはそこに第一軍先遣隊を2月に上陸させました。
その部隊はソウルから平壌へ行軍していきました。
やがて、連合艦隊の閉塞作戦は失敗しましたが、旅順艦隊を港外に出ることを阻止できたため、3月には平壌に近い場所から第一軍の残りを上陸させることができました。
これは効果が大きく、海上補給線を平壌近くまで延ばすことができたため、補給がずいぶんと楽になりました。
こうして、ドラマでは広瀬中佐が戦死した頃、日本陸軍は遼東半島を目指して、朝鮮半島を北上していきました。
というわけで、ドラマでは画にもならないので、割愛されたのでしょう。
と、勝手に介錯、ちがう、解釈しました。

大事なことを書き忘れていましたが、なぜ旅順艦隊を沈黙させる必要があるのかというと、今もですが、当時は陸軍の一部を遼東半島に上陸させるにしても補給をするにしても、すべて日本から送る必要がありました。
特に補給ですね。
近代戦では特に、食料、弾薬(口径や火薬量が違うので敵のものは利用できません)、軍服、冬場にもなると暖を採る燃料、など色々なものが必要になります。
大陸へこれらを日本から効率よく大規模に送る必要があるのですが、ロシア艦隊が日本近海をうろうろされて輸送艦を撃沈されたのでは戦闘を継続できなくなります。
現地徴発でまかなえる量ではありませんし。
いくら、船速が遅いとはいえ、特に黄海で旅順から出撃して、待ち伏せされたのではたまらないのです。
というわけで、陸軍にがんばってもらうためには海軍が海上補給線を守る必要があったのです。

日露戦争は全然緒戦も緒戦です。
戦いの本番は来年の今頃まで保留。
これがつらいんだよなぁ。

なお、これで今年のブログ更新は終わりです。
来年は「江」から。
はぁ〜。

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