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zoom RSS ザ・パシフィック (7)

<<   作成日時 : 2010/08/30 00:29   >>

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ペリリュー島の戦いも後編、今回で最後でした。
前回から何日たったのかわかるようなものはドラマでは出て来ませんでしたが、1944年9月20頃ではないかと思います。
オープニングの地図の矢印線では海沿いに北上し、日本軍が籠もる大山の北側を攻撃している説明になっていました。実際には北上し日本軍の反撃に遭ったのがちょうど9月24日頃のことです。
これがオープニングの状況だと思います。
その後、9月26日にはアメリカ軍は日本軍が籠もる大山の北側を掃討しました。
ペリリュー島の大部分はアメリカ軍に占領されています、残るは大山周囲とペリリュー島の北部の一部だけです。

一方、9月23日には、アメリカ海兵隊第一海兵連隊は島を去りました。
上陸で大損害を受け、続く戦闘で壊滅的打撃を受け、損害率54%までになっていました。
最初の方でプラ−大佐が後方に下がっていきましたが、これを指しています。
ドラマの最初の方でトーチカを撃破した戦車大隊も半数を失い、10月1日には島を去りました。
続いて、第7海兵連隊も10月4日には戦闘不能になりました。
残るのは、ユージーン・スレッジたちが所属する第5海兵連隊と、陸軍の第81歩兵師団の1個連隊です。
ユージーンたち大山の北部から攻撃するためには、島の幅が約1キロしかなく、そのうちの1/4程度をしか占領できていない回廊のようなところを北上するしかありませんでした。
ドラマの途中で、側面から狙撃されるシーンがありましたが、おそらくその細い占領地を行くところを襲撃されたのでしょう。

今回は空爆シーンがありましたが、飛んでいた飛行機はF4Uコルセアです。
Wikipediaによると、コルセアは空母で運用するには難しいと判断され、海兵隊に引き渡され陸上機として使われました。
前回占領した飛行場を整備しているシーンが初めの方にありましたが、コルセアを使うためです。
一瞬、本物を飛ばしているの?と思いましたが、CGで書いているんでしょうね、きっと。
コルセアが投下したのはナパームですが、島を焼き払い、トーチカをむき出しにする以外の効果は薄かったと言われています。
ドラマでちょくちょくトーチカにいる日本兵が生きていて、ユージーンたちを攻撃していましたが、空爆の効果はあまりなかったため、生き延びていたのだろうと思います。

今回は、アメリカ軍の手で火炎放射器が使われ始めました。
いわば、太平洋戦争の代名詞の一つのような気もしますが、日本人としてはあまり気持ちよく見ることができるものではありません。
しかし、高温の火炎と、燃焼が引き起こす酸欠などを起こすので、巧妙に構築されたトーチカや野戦陣地を一つ一つつぶすには効果的であるのは間違いありません。
もっとも、扱う兵士が無防備という欠点はありますが。

何度無く攻撃したユージーンたちですが、力攻めをするほど海兵隊は死傷者を出し続けました。
視力が良く狙撃でも恐ろしい日本兵です。
ドラマでも中隊長(?)の大尉が狙撃されていました。まだこの時期、日本兵もまだ気力が残っているのでしょう。
結局、大きな損害を出したアメリカ第一海兵師団は10月15日から10月末までにすべて撤退し、後は順番に交代していったアメリカ陸軍の第81歩兵師団が引き継ぎました。
ユージーンたちが撤退したのもこの時期でしょう。ドラマの最後に10月中にパブブにいることから10月中旬に撤退したと思われます。
10月23〜25日にレイテ沖海戦が発生して、すでにペリリュー島の戦いも価値はなく、無理する必要はないため、ゆっくりと掃討していって、ついに1944年11月24日、日本軍は玉砕の電報を打って、27日には第81歩兵師団長は戦闘終結の報告を受けたのでした。
ドラマには当然出てきませんでしたが、第81歩兵師団はペリリュー島から南にあるアンガウル島でも日本軍1個大隊を相手に戦っていました。
アンガウル島守備隊は1200名に野砲4門、迫撃砲4門で、実に一ヶ月を守り通し、玉砕しました。
そのこともあって、第81歩兵師団はペリリュー島を攻略するのに、慎重になったのかもしれません。
ペリリューでは、昭和22年まで戦っていた日本兵もいました。

なお、第5話、つまりペリリュー島前編のときに、マッカーサー率いるアメリカ陸軍はモロタイというニューギニアの西端の島を攻略しました。
ここはフィリピン諸島のミンダナオ島からペリリューのあるパラオ諸島とあまり変わらない距離にあり、マッカーサーはここをフィリピン攻略の足がかりとしました。
これで、パラオ諸島を無理して占領する必要はなくなり、海兵隊はプライドだけで戦う無駄な戦いを続けることになったのです。
しかしながら、最終的にはアメリカ陸軍に引き継ぎ、作戦完了を見る前に撤退せざるを得なかったという意味では、海兵隊にとって敗北と言えなくもない
戦いであったと言えるでしょう。
結局、第1海兵師団の死傷者は6,000名を越しました。
1万名ほどの日本軍はほとんどが玉砕し、帰りませんでした。

さて、次回は硫黄島の戦い。
予告を見ると尺が足りるのかなと、と心配になりますね。

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