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zoom RSS ザ・パシフィック (2)

<<   作成日時 : 2010/07/26 00:28   >>

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ガタルカナル戦の後半です。
前回、鹵獲した食料を海兵隊が使っていたと書いたら、ほんとにそのシーンが出て来ましたね。
しかも、米の炊き方をいかにも知らないって感じのライスだし。
おかずはウジ?
私が読んだ記事ではもう少しマシだったと思いますが。
さて、陸軍の増援が到着したところからドラマは始まるので、ドラマの最初の時点では1942年10月13日ころだと思います。
レッキーたちが陸軍から日本軍の攻撃のどさくさにまぎれて物資をかっぱらっていこうとしてとき、日本軍機が向かったのがヘンダーソン飛行場です。
このとき、レッキーたちが目のするのがアメリカ軍の最新ライフルM1ガーランドです。
最前線にいる海兵隊はまだ支給されておらず、ボルトアクション式のM1903スプリングフィールドを使用していました(実際バジロン軍曹たちは使っていた)が、このガーランドはセミオート式のライフルでした。
ま、うらやましがるのは当然ですね。

レッキーたちが所属する第1海兵連隊は、ヘンダーソン空軍を守っていると、日本軍から砲撃を受けます。
ドラマではどこから砲撃を受けているのかわかりませんでしたが、これが日本海軍の金剛、榛名による艦砲射撃です。
この艦砲射撃によって、日本軍はヘンダーソン飛行場を一時的に無力化に成功し、日本軍は輸送船団をガタルカナル島へ向かわせることができたのです。
しかし、この輸送船団もこの後にアメリカ軍に撃沈されることになります。

こうして上陸したのが日本第二師団です。
第二師団は二手に分かれて攻撃します。
一方が住吉支隊と岡部隊から構成された陽動部隊で、これがアメリカ海兵隊が抑えている地域の西側、マタニカウ河沿いを攻撃します。
ドラマでは分かれて一部の部隊が向かったところです。
ドラマでは出て来ませんでしたが、アメリカ海兵隊は日本軍を圧倒的な火力で撃退します。

残されたバジロン軍曹たちが守るヘンダーソン飛行場の南側を攻撃したのが日本第二師団の主力と前回ドラマでは端折られたブラッディ・リッジの戦いで壊滅した川口支隊の生き残りです。
この攻撃は西側と東側の挟撃が本来の意図であったにもかかわらず、第二師団主力はジャングルに行軍を阻まれた上に、十分な補給物資もなく攻撃位置についた頃にはすでに飢えと疲労に悩まされていたのです。
こうして10月25日の夜、西側の攻撃に一日遅れで第二師団主力が攻撃を開始したのです。
この真正面にいたのがバジロン軍曹たちでした。
ドラマでは一気呵成に日本軍が襲いかかってきたように見えましたが、実際には日本軍に連携などありませんでした。

ドラマでは、M1917A1重機関銃を中心に反撃を行っていましたが、実際には37ミリ対戦車砲のキャニスター弾攻撃も使っていたことでしょう。
途中、バジロンが機関銃を持つための手袋がなくなって、自分の手で射撃で熱くなったM1917A1を無理矢理つかんで運んでましたが、水冷式で分速600発の低速だからだからまだできたのかもしれません。
ドイツのMG42とか絶対無理だな。
それでも3度の火傷って当然です。
しかし、バジロン軍曹、ドラマの中の通り三脚に固定して射撃するM1917A1(だから重機関銃)を塹壕の土で固定して射撃するなんて、そんなことできるんですね。
低速のためか、あぁやっても反動を抑えることができるんでしょうか。
こうやってみると、M1917A1はジャングルに向いてないなぁ、って思います。
しかし、信頼性は高かったのか、太平洋戦争を通して使われることになります。

一方、日本軍はほとんどの兵が三八式歩兵銃で武装しており、ドラマでもそうでした。
これは日本軍が白兵戦を主体に考えていたとはいえ、いくら何でもひどすぎます。
しかし、砲火力はジャングルの行軍の邪魔になって遅れていき、用意した戦車中隊や重砲部隊は陽動部隊に配置するしかなかったのです。
その戦車中隊も97式中戦車なんだから、ヨーロッパではありえんことですが、あっさり37mm対戦車砲で撃破です。
なので、ドラマの中でも日本軍に機関銃や迫撃砲とかないのは当然で、嫌になるくらい一方的なのもそのためです。

ドラマでは出て来ませんでしたが、その後、第3次ソロモン海戦があり日本海軍の戦艦の比叡、霧島が沈められ(比叡に至っては沈められなかったが舵をやられ自沈した)、陸軍の第三十八師団もそのほとんどがガタルカナル島に到着する前に海上で失われました。

そして、ドラマではレッキーやバジロンたちのアメリカ第1海兵師団は交代してガタルカナルを去っていきます。
1942年12月9日のことです。
ドラマはここで終わりましたが、補給が途絶した日本軍の兵士たちはこの先さらに飢餓との戦いが待っており、撤退を決定したのが12月31日、撤退していったのが翌年2月のことです。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしい解説ですね!!!
私もそこそこの知識があるのですが、脱帽です。
これからも参考にしたく存じます。
ぜひ、沖縄戦まで解説お願い致します!!!
一等兵
2010/07/27 20:38
ありがとうございます。
ご期待に添えるかどうかわかりませんが、できる限り、がんばりたいと思います。
fujiih
2010/07/28 07:07

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