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zoom RSS 天地人 (38)

<<   作成日時 : 2009/09/20 21:52   >>

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今回は天下分け目の戦いが二つ。
一つは、ご存じ関ヶ原。もう一つが出羽の長谷堂城の攻防戦です。
真田は1カットで終了。おーいもう少しないのかい、と思ったけれど、本編とはあまり関係ないので、ばっさりカット。当然ですわ。
本編ではもっぱら関ヶ原の戦いが中心です。
さすがに今回は西軍中心で描いていました。
主人公サイドではない家康側はもとよりきわめて描写が少ないのです感情移入しにくいのですが、今日はそのおかげで石田三成の心情がくみ取りやすくなっていたと思います。
CGの発達のため、山の上に陣を敷く各部隊がどのように見えるのか、よくわかるようになってました。

北国街道沿いの開けた土地から山際を押さえた石田三成は優勢に戦いを進めていたにもかかわらず、一つ決め手を欠いていました。
それもそのはず。東軍に総数では勝っていても、動かない軍が多いため実質的には少ないんですから。
東軍も東軍で、約束を履行するかわからない毛利軍の押さえは要るし、西軍が展開する西の山々から家康のいる桃配山までの平地に展開しきっていて、効率のよい機動ができません。
そこへ小早川秀秋の軍勢15,000が東軍の横合いをつけば、東軍を半包囲の形になり、一気に優位につけるはずでした。
しかし、いっこうに秀秋は動きません。

この秀秋の背を押すのは何か、と思いながら見てましたが、今回は高台院ではありませんでした。
それは石田三成の一言、「勝った暁には関白に」でした。
これは石田三成が事前に約束していたとする資料もあるそうで、それが元になったエピソードだとは思います。
まぁ、こんなところのために伏線になっていたとは。
そのときに秀秋の頭に浮かんだのは豊臣秀次の処刑とそれに立ち会った石田三成の姿でした。
用済みになったら、次に殺されるのはオレか、そう思ったに違いありません。
家康から鉄砲を打ち込まれた秀秋は東軍へ寝返ります。

いつぞやも書きましたが、今回の大河の歴史考証を担当されている小和田哲男さんは、この寝返りに高台院の関与について否定的です。
それが影響したのか、ここまでそういう描写はありませんでした。では何が引き金になるのだろうと考えていましたが、あの処刑が伏線になっていたとは。

秀秋の加勢で逆に勢いづいた東軍が西軍陣所に襲いかかります。
西南を押さえていた大谷吉継勢も側面から後方へ襲われてはどうしようもありません。
他に小西行長も戦っていましたが、最後まで奮戦していたのは、宇喜多秀家と石田三成です。
やがて、宇喜多勢も潰走し、石田勢も同様になり、石田三成は落ちていきます。

このとき、大河では福島正則勢が石田勢と交戦していますが、福島正則の陣は宇喜多秀家の前方のはず、いくらなんでも石田三成の陣に乗り込んでいくのはないんじゃないかなぁ。
ついでに、NHK公式サイトの次回あらすじを読んでいると、なんじゃそりゃって感じですけど、それは言わないでおきましょう。

さて、主人公、兼続くん達はそのころ出羽は長谷堂城を包囲してました。
何のため出羽に出陣しているのか、大河ではよくわかりませんでしたが、とにかく出陣しているわけです。
前回、陸奥の伊達勢と出羽の最上勢が侵攻してくるからという説明がちらりとありましたが、確かに伊達は侵攻し白石城を陥落していますが、最上は命令を受けていましたが日和っていたはずです。
いつも出てくる上杉の領土の地図がありますが、上杉には出羽の庄内に領土の飛び地があります。
兼続くんはそれを会津とくっつけるために侵攻したのだという話もあります。

会津と庄内から山形へ向けて侵攻したはずの上杉軍ですが、庄内や会津の他の地域からの侵攻はうまくいったのですが、ところが正面は、山形の手前、長谷堂で進軍を停止してしまいます。うまく陥落できなかったのです。
加えて、兵力を集中させて一気に米沢と山形をつなぐライン上に侵攻し長谷堂を抜いていけばよいのに、一気呵成に最上領を攻略すべく兵力を分散させたことが原因で兵力不足で陥落できなかったのです。
これが、直江兼続、実は戦が下手なのでは?と言われる所以なのですが、そこで方針転換して、当時は戦いのセオリーである後詰戦略をとるはずの山形にいる最上主力を出てきたところを叩く作戦を採用しました。
脚本、また後詰めの使い方を間違えていたと思うのですが、そのため、陣を敷いてドラマにつながるのです。
ドラマの描写だけでは何をやっているのか、よくわかりませんでしたね。
最上が後詰めに出る前に伊達に援軍要請を出しているのですが、それが到着する前に、また後詰めで動く前に、関ヶ原で石田三成敗北の報が届くのです。
ドラマの最後に上杉軍に襲いかかったきたの、最上軍だよね?きっと。伊達じゃないよね?
なお、景勝さまは陣におらず、米沢にいたはずなんですが。。。

次回、勝てなかった兼続くんが名をあげる撤退戦から始まります。

長谷堂城の包囲戦については、今月号の歴史群像に記事があります。参考にいたしました。

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天地人 第38回「ふたつの関ヶ原」
とうとう関ヶ原の戦いが始まりました。このドラマは関ヶ原の戦いがメインではないので、重要なポイントとしては小早川秀秋の寝返り以外の部分以外は完全に割愛されてしまいましたね。例えば、真田親子がどのように徳川秀忠の軍勢を足止めしたのか、毛利はなぜ軍を進めることをしなかったのか等知りたいことは色々あるのですが、ここで重要なのは直江兼続と仲間である石田三成の動きが中心であるがゆえなんですよね。 ...続きを見る
あしたまにあーな
2009/09/20 23:03

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